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Posted by Miki OKUBO on  | 

exposition de soi, 9ème cours / 第9回授業 自己表象

    portrait nilbog jpg

    今日も引き続き、文学および書く行為と読む行為に見られる
    新たな自己表象の傾向について授業しました。
    あんまり言い訳しないことにしてるのですが準備が不十分でございました。
    言い訳はございません。笑
    泣き面に蜂的なことはしばしば起こりますが
    当事者となってみるとしばしば以上の確率で
    タイミング悪いことが起こるという印象も受けがちです。
    具体的にはインターネット接続の不備で今日もネットがなかった!
    一定時間の切断が部分的にあったようです、マシンのせいではないようだ。
    幸いにも使おうと思っていた資料は動画やいくつかのリンクを除いて
    面倒だがほぼイメージ化していたために一応最悪なことにはなりませんでしたが。

    フランスはやはり本の国なのだなとしみじみ思うことは
    自分よりも10歳も若い学生のレポートを読んだり、
    「新しい文学」などに対する彼らの意見を聞いた時。
    フランスでも言語の破壊は省略語や口語表現の影響を受けて
    深刻に受け止められていますがそれでも当事者である若い人たちは
    依然として印刷物の文化と紙媒体の本の重要性を強烈に信じていて
    このことは日本では既に貸し借りとか漫画喫茶のせいもあり
    漫画をコレクションする人口は断然減っている一方で
    フランスで印刷物としての漫画は購入され続けている。
    読書においてページを繰るという行為の重要性や
    クオリティーの高いテクストが書かれるべきであるという
    印刷物へのリスペクトが感じられる。

    しかしこのことは、
    電子書籍が普及した暁には本が廃れるとか、
    読書よりも面白くて様々な効果(音響、映像など)をそなえる
    ヴィジュアルノヴェルが今後、テクストだけの小説にとってかわるとか
    簡単に関心ある項目が見つけられるウェブジャーナルを読むようになり
    印刷された雑誌や新聞が消えてしまうとか、
    そういった単純な進化論を意味するのではない。

    レポート提出者のひとりが楔形文字やヒエログリフを
    粘土版に綴っていた時代から、紙へ、印刷へ、そしてデジタルへ
    という「行程」を書いていましたが、
    粘土版ってほぼ現代のタブレットと同じような形態とサイズをしている。
    タッチパネルだろうとデジタルだろうと
    人が読むために用いる媒体の形態がほとんど同じであることは
    あやまっても偶然の一致などではありません。

    今度また書きます。
    今日はともかく私自身が中途半端でしたゆえに
    喋りたかった内容も伝えきらないし喋った内容も伝えきらない感じがする。
    よりよく喋りましょう。。。

    何語でも、せっかく喋るのなら、相手にとって意味があるほうがいいです。
    じゃないと、ただ単にのどが痛いというのはよくない。

    そういえば。このポートレートとポートレート(イラスト)は
    3年前の誕生日。それと絵の方はNil Bogがこの写真から
    自主的に書いてくれたものです。一年くらい前かな。
    髪型も髪の毛の色もすごいけど、どうしてこの表情なのかも今となってはわからぬ。

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    Category : journal
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