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Posted by Miki OKUBO on  | 

物質性


    re_DSC01765.jpg

    物質として存在することは
    時の中でやがてぼろぼろになったり
    壊れたり死んだり生まれたり
    不安定で長続きせず儚いようなことである。

    だから可能になることも在る。

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    Category : photo
    Posted by Miki OKUBO on  | 0 comments  0 trackback

    とどく


      re_DSC01055.jpg

      昨日が終わり
      今日が来て
      明日を過ごして
      もういちど
      目を覚まして起き上がるために
      ときどきたしかな
      「とどく」ようなことが
      あるほうがいい。

      それはたとえば
      触れた砂の指が触った部分が
      すこしだけくぼむことだとか
      飲んだ牛乳が食道をひんやりと
      通り抜けて行くことだとか
      猫の毛むくじゃらの中にある
      からだが少しあったかいのを感じることとか
      密集していた雲の形が
      じぶんは同じ世界に居続けていることがたしかなのに
      もっと広がって違う見た目の空になっていることなど
      たしかな「とどく」ことなどである。

      re_DSC01063.jpg

      Category : photo
      Posted by Miki OKUBO on  | 0 comments  0 trackback

      「だんだん冬が近づいています」

      "l'hiver arrive petit à petit"
      「だんだん冬が近づいています」

      急に寒くなったので冬眠したい動物みたいになってます。
      人間という動物は何時でもどんな季節でもどんな年齢でも
      だいたい同じように毎日毎日生活しようとし
      そして実際にもほんとうにそれが出来てしまうのですが
      アニマルとしては非常事態です。
      一日の中でもある季節のなかでも人生の時間のなかでも
      それはまったく一定リズムで刻むようにはできていない。

      今日は予定していたことが出来なかったのですが
      マルビン様にご飯はあげました。
      猫の目は夜は瞳が大きく見えるので
      つい昼間より可愛らしく思えてドアを開けてしまう
      というのは奴らの作戦です。

      栗のおこわの写真を撮りました。
      小麦はひいてしまうので粉は細かすぎて
      パンは綺麗ですが小麦の粉の粒は見えない。
      お米は種類によりますがとりわけ日本の
      丸い種類のコメは粘り気がつよくて
      炊くとつやっとキラッとしています。
      米粒というのは、たしかに
      「ひと粒ものこしてはならない!」
      という言葉がリアリティをもつほど、
      なんだか綺麗で大切なものに見えます。

      栗のはいったおこわは可愛らしくてゴージャスですが
      おこわと言えばわたしは
      母が炊いていた山菜のはいったおこわを思い出します。
      こげたところがおいしいことなど。


        re_DSC02090.jpg

        Category : journal
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