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Posted by Miki OKUBO on  | 

black cats

sealcat1.jpg

黒猫のシールをいただいた。
目がぎらっとするところまでよく出来ている。
そろっと歩くポーズもキョトンとしている姿もなかなかいいと思った。

今月から大学で一つだけ授業をさせてもらっている他に、
とある施設で日本語の教師に採用された。
初級のクラスを担当しているので日本語をペラペラ話す人はいない。
むしろフランスに生活していてその時だけ日本語を話すというのが
どちらかというと違和感があるが、
母国語を教えるというのはそういったちょっと違和感のあることでもある。

どのように文章を読むのかとかどのように意味を掴むかを
日本語という言語を介して教えるというのではなく、
日本語を外国語として扱うという経験そのものはなかなか面白いものである。

日々生活する中で、例えば私であれば現代の自己表象などについて考えたり書いたりしているけれど
そのことと、生活を成り立たせるために行っていることが乖離して見えることがないわけではない。
しかしそもそも、生活それ自体が本質的には多様性に満ちたものである。
その内実に、一貫性や集合としての意味を求めることがそもそも悪しき妄想ですらある。

黒猫のシールは私に子どもの時にシール収集していたことを思い出させた。
貼ってはがせる紙をバインドした専用ノートに、列に並べて大きさをそろえて、
集めたシールを貼っていくのである。
時々は大切にし過ぎて、貼ってはがせる紙と言えど、はがれにくくなる。
あの、ハッキリ言って無駄な営為、もともと台紙に綺麗に並んでいるシールを
はがして貼り直していくという、超無駄な営為に傾ける労力と時間。

それでも、そのことによって何となく嬉しくなれるという、
そういうハッピーな瞬間をじわっと感じさせてくれるもの。
たとえば黒猫のポーズや目のぎらっとしたのを観て楽しくなるようなこと。

そういうのは、ただそれだけでなんだか良く、
黒猫のシールはそれゆえにありがたいと思う。


sealcat2.jpg




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