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Posted by Miki OKUBO on  | 

二つの檸檬 ー 梶井基次郎『檸檬』

Ensad Lab, Emeri (Ecran mobile et récit interactif)が中心になって計画してきた展覧会"Mobilisable 2013"に二つの作品をだすことになりました。コンセプト自体は2年前くらいからずっと考えてきたもので、使用写真などのメディアも、かなり長い時間かかって作ってきました。たくさんの方々のご協力も得ました。本作品は、電子書籍の形をとっていますが公にダウンロードは出来ないので、展覧会にお越し頂くか、お会いした際にご覧頂ければと存じます。作品のイメージビデオは以下にあります。
(また、展覧会のサイトは こちら 、また詳細は こちら(salon de mimi内) にもございます。)

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大久保美紀
檸檬1と檸檬2
2013年 iPad用デジタルブック作品として

写真:大久保美紀
コンセプト:大久保美紀
技術:ドミニク•キュナン

iPad、フォトアルバム、シュミレーションビデオ
本作品は、1901年生、31歳で夭折した大正文学界の鬼才、梶井基次郎の短編小説『檸檬』(1924年)の現代的で実験的な読書経験を追求した作品である。基次郎が21歳の時に書いたこの散文は、非常に奇妙で一貫性がなく、それでいて作家の鋭い感覚や世界への視線や直観的な解釈といったものが随所に浮かび上がるように表現されている。1920年頃より、肋膜炎にかかり、その肺尖カタルに苦しむ。退廃的な生活と母への贖罪という矛盾した感情に引き裂かれながら5年かけて高校を卒業した後、東京大学の英文学部に進学する。矛盾したように見える要素が共存する複雑だが豊かな文体、それは洗練されたセンスを予感させるもの、平和的でしかしメランコリックなものがそこにある。日本の伝統文学の当時の自然主義とも耽美主義ともつかぬ、あるいはまた西洋的な香りを感じさせる、私小説的でありながら独自のものである。

この作品を本プロジェクトで取り上げたのは、この作品が古びない芸術的価値たるものを感じさせるからに他ならない。一見すると、ある意味で時代的で社会的で文化的で個人的な主題をしかもかなり独自の言語、文体で綴られた(基次郎の文体は日本人から見ても特徴的である)文学作品が、全く別の言語システムの中でどのように独り立ちし、そしてどのように受け止められる可能性があるのか、そのとき、新しく生まれた翻訳文学と、オリジナルの文学の間にはどのような関係性とギャップが生まれ得るのかという、長きに渡る個人的な関心事項に深く触れる。
現代は、インターネットや翻訳システムの開発、目覚ましく進化する同時翻訳や、文章や小説の電子アーカイブ化のなかで、翻訳文学の持つ意味も変化しつつ在ると考えられる。
そのようにある作品はしばしばそれが生み出された言語と切り離された状態で味わわれ、評価され、愉しまれる。翻訳文学は、しかしながら、オリジナルとともにある。あるいはそこから遠く隔たって立ち現れたとしても、本質としてそれらは共にあり、共にあり続ける。

本作品では、そのことを、1においては重ね合わさせた異なる二カ国語のテクストによって表し、2においては音声とビジュアルがシンクロナイズされるという方法で表現した。

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Le Citron 1においては、我々はぴたりと重ねられた異言語のテクストに戸惑い、その内の一つを選択しようと試みる。背景のイメージは、各々のページのテクストが表象する物語の場面と対応しているのだが、それを隠していたテクストが失われると鮮やかな色彩を取り戻す。さて、テクストを追いかけてそれらがあるはずの方向に場面を滑らせると、そこには非日本語話者にとって不可解な言語でしかない「日本語」で書かれたオリジナルのテクストだけが黒い背景の上にくっきりと浮かび上がる。そこを逃れようとして、画面上に指を滑らせても、そこからどこにも行くことは出来ない。読むことの出来ない本は、放棄されてしまうのだろうか。しばらくじっと待っていると、もう一つの『檸檬』がゆっくり浮かび上がってくる。

Le Citron 2においては、鑑賞者は一冊の写真アルバムを手渡される。全ての写真は白黒で、頁番号がふってある。そのイメージにぴたりと画面あわせると、白黒のイメージがぱっと鮮やかな色彩を帯びた同じイメージとして交換される。それが消えると、一本の糸のようにフランス語の檸檬のテクストが一定のスピードで流れてくる。同時に日本語で朗読する声が重なる。読者が読みたいリズムでストーリーを読み進めるという行為は、ここでは朗読者のリズムで物語が紡がれ、それにシンクロするテクストを追いかけるという行為にすり替えられてしまう。

本文の朗読は、吉岡洋さん、コンセプトアドバイスはジャン=ルイ•ボワシエさん、そしてプログラミングはドミニク•キュナンさん、そして京都写真の撮影協力で田中学さんにお世話になりました。ありがとうございました。

本作品のイメージビデオはこちらです。

Le lien video : ici
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Miki OKUBO

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Category : exposition
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