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Posted by Miki OKUBO on  | 

青森の思い出 2015 september


    Aomori 201509 21
    青森に行く。青森県は、とても近いようにいつも感じるのだが、
    実際には車だと大分時間がかかるし、なかなか赴けなかった。
    Aomori 201509 19
    行きは飛行機で、帰りは急行はまなすで。
    青森県立美術館へ行くのが最大の目的!
    expo_2015_DSC01552.jpg
    あおもり駅に到着し、近所を歩く。
    実は大仏を見に行こうとかなんやら思っていたのだが
    今度来るときはレンタカー借りよう。
    駅周辺を歩くのと、美術館に行くことに集中する。
    expo_2015_DSC01556.jpg
    八甲田丸。
    expo_2015_DSC01559.jpg
    expo_2015_DSC01561.jpg

    そして、リアル彫刻。
    expo_2015_DSC01570.jpg
    素敵な神社、善知鳥神社。実はこの神社、青森が昔善知鳥村と言われていた頃に夷人を征してこの地を平定したというお話に関係があり、また再建は807年の坂上田村麻呂東北遠征のときだとかで、たいへんたいへん古い神社です。
    expo_2015_DSC01575.jpg
    仰ぎ見る大きな木。
    expo_2015_DSC01578.jpg
    シャッターを押さずに居られなかったのは、看板の文字の失われ方があまりに絶妙だからであります。
    Aomori 201509 16
    帰りは急行はまなすです。
    え、青森県立美術館のおはなしは別記します。
    だって書ききれないもの。
    え、急行はまなすへの愛についても別記します。
    だって、目尻が熱くなってしまうもの。
    Aomori 201509 11
    空いててなかなか眠れたのですよ。
    まあわたくしどこでもよく眠るんですけどね。
    Aomori 201509 12
    というわけで続。
    Aomori 201509 9

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    自由が過ぎますよ。

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      自由が過ぎますよ、というお願いを時々受ける。
      自由が過ぎますよ、というお願いも時々しているだろう。
      基本的にはできることは対応するけれども、
      全力を尽くしヘトヘトになりながら対応するのは違うと思っている。
      もちろん一生懸命なのだ。
      もちろん切羽詰まっているのだ。
      そうはいっても
      お願いするときに乱暴なことや暴力的な態度をとってはならない。
      お願いするのはお願いされるよりもよゆうが必要である。
      ほんとうは。
      たいていはそうでないので、上手くいかない。
      自由が過ぎますよ、と思っても、
      暴力的な議論や余裕のないプリプリした相手とやりとりするのが
      これまたとてもたいへんであるために、
      ほとんどの場合、がまんしてやってあげてしまう。
      怒るエネルギーや諭すエネルギーがないためだ。
      そういうとき、怠惰はなにより冷たいのではないか、と思うのだ。
      一生懸命で切羽詰まってたら
      何を言うてもいいということはありませんよ。


      Category : journal
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      何年もぶりの唐ゼミ


        唐ゼミ_背景

        まだ日本に住んでいたときだから6、7年くらい前だと思うけれども、京都でテントで観たぶりの、ものすっごく久しぶりの唐ゼミ☆を横浜で観た。東北公演の最後の2日間、9月4日と5日。東北の公演も素敵だったんだろうなあ。遠征公演も観たかった。
        2日とも観るの?ってたずねる人もいるが、舞台はできるなら東北のだって全部観たかったし、練習も関心がある。という態度は、自分が音楽をやるので、同じ演目の本番は何度あってもその都度ちやう本番だというのが当たり前というのが感覚的にあるためだと思う。

        スペクタクルは生がいい。

        私はCDを殆ど聞かない。DVDも観ないしYoutubeもおとなしく見られない。
        演劇は、アクターの身体が間近にあって、肉声が聴こえて表情が見えて、
        ひょいとジャンプするときのまわりの空気のうごくのとか、
        走り出したアクターが遠くに行ってしまったときにもといた場所にのこるものとか、
        歌うときの息づかいが聴こえ、あるくとき衣服の動くのが感じられ、
        飛び乗ったゆきさきで足下がすっと安定するすばらしさとか、
        演劇を観劇するのはとてもリッチな経験であると思う。

        20年来私はミュージカルが好きであるが、深い理由はたぶんない。
        歌い踊り喋る様子を感じられるのがとても好きなのだし、
        普段音楽を演奏するのにステージに登る私にとって、
        歌い踊り喋ることができるのはなんというかとてもすてきだと思った。

        数年ぶりに観た唐ゼミ☆公演は終わった後もまだ観ていたくて、
        あれから十日以上経った今日も、また観たくなる。

        唐ゼミ 横浜 トラック



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        戦後70年

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        戦後70年。
        さきほど、しりあがり寿さんのまんがを読みました。
        http://politas.jp/features/8/article/427
        ひらかず(平和)さんが70歳のお誕生日をいわってもらう、
        ひらかず(平和)さんは疲れ気味だけど、
        処方されるアンポナントカという薬を拒絶する、というものです。
        しりあがりさんによる談話もつづいています。
        フランスのマンガが大好きな若い人たちにも日本のこういった状況を知ってもらいたいなあと、
        部分的にシェアしました。翻訳掲載できたらしたいです。
        http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=4130

        私は1984年に生まれたので、物心はっきりついたころには戦後久しい感じだったのですが、
        つまり半世紀とかです。久しいといっても、人間の一生を物差しにすれば、久しい、というか。
        1984年だと、戦後39年です。それから31年経って、今年で戦後70年。

        70年経つと、戦争を行なっていたころに大人だった世代は年老いて、あるいは既に亡くなられた方も多く、
        だからといって人間の世代交代ごとに何度も戦時となるというのも、アニマルとしてあまりに愚かではないでしょうか。

        世の中は、戦争をせずとも既にある意味で日々が戦いです。
        日々が恐ろしく、日々がしんどくもあります。
        暇でもなければ、平穏でも楽でもありません。
        我々はまったく退屈していないし、特需を必要としていないし、
        人間が人間を殺したりすることに興味がない。

        非常事態というのは、罪や非人道的な行為をうやむやにする口実として、
        歴史上はびこってきました。たとえば慰安やレイプの問題がそれです。

        人類史をながめるなら、それはそれは戦争や紛争に満ちており、
        一国として70年の平和が続いたところで、世界規模では日々人間が殺されており、
        これだけ技術やテクノロジーが発展した今日に至っても未だに
        マテリアルなレベルでの殺戮や破壊が行なわれている。

        生き物の本質は、生まれて死ぬまで生きることやと思います。

        病気になったりとか事故にあったりすることはあります。
        でもつまりは途中でわざわざ死んだりしないで生きることやと思います。

        人は人と結びつき、人間くさく社会の中で生きます。
        戦争がなくても十分に忙しくて生きるのが大変です。
        戦争がなくても十分に難しく心が折れそうになります。
        ただでさえ肉親を失うのがつらく、年老いた家族を思って止みません。

        生まれて死ぬまで生き抜くために、
        平和であることはたいせつです。

        2015年8月15日 

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        クリニャンクール再訪

        Les bagues fabriquées à Avignon dans les années 1970.

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        アヴィニョンで1970年代に作られたというホンモノの花入りの指輪。クリニャンクールの店舗で売ってもらいました。40年前の押し花。こういうの、信じる信じないはどっちでもいいと思ってます。ただ、店のお婆ちゃんが熱心に説明する様子がすてきだったので、そっかあ、40年前の押し花がここにあるんだな、と思えることが少ししあわせだと思えるので。クリニャンクールへは時々行きます。かなり気をつけて行くのと遠いのでときどきしか行けません。でもお店の人とおしゃべりをするので少し知っています。ああそういえば、最近背景にしたお人形もクリニャンクールで会いました。

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        このお店、大好きなのです。

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        Category : journal
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        リズム

        楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。反動で、放心状態で一日を過ごしてしまいました。一人旅はよくするけれど一人じゃない旅は言うまでもなく素晴らしいものです。人間は様々なことを共有することによってたくさん救われ、励まされ、生かされるのだなと実感します。アニマルとしてのヒトは本質的に社会的なんでしょうね。近年若者の間で、様々なレベルで生活のシェアの動きがあるのはよく生きるための本能にも関係しているのではと思われてなりません。今晩は大嵐の予報で、テレビもパソコンも充電しっぱなしにはできません。黒猫のマルビン様もどこかのお家の中で丸くなっているに違いありません。こんなとき、鉢植えの植物しか持たないので想像しつくせないのですが、酷い嵐が来るとき、農業従事者などの守りきれない植物を育てている人は、ある意味では諦めながら、祈るような気持ちなのではないかと。小さな個体である我々が到底守ることの出来ない植物をもつことは、制御を越えた存在に思いを馳せることに同じです。

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        クリニャンクール と 引退


          ひさしぶりのクリニャンクール。
          行くと必ず立ち寄る店の人の顔は覚えている。
          もちろんたったいくつかの店だけだけど。
          古いファッション人形の断片や部品のお店のおねえちゃんとか、
          50−60年代ファッションアイテムやパターンの店のおねえさんとか。
          だいたい何十年も店を構えている人が多いのだ。

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          ここのお店のおじさんは33年クリニャンクールで商売し
          この週末で店を閉じて引退するという。
          「やめるタイミングを知らないといけないよ」
          おじさんはそう言う。
          「45年働いたからもういいんだよ」

          人類の歴史の中で、学ぶ、働く、引退後、
          ほんとうは平行すれば素敵なアクティビティが
          キッパリと期間でわけられるようになって久しい。

          あるいはものに溢れ返るおじさんの店の
          売られなかった古いものたちがうつむいている気もして
          写真を一枚購入したのだがなんとなく
          働くということと働くのをやめるということが
          よく分からなくなってこの日のことは
          しばらく忘れないだろうと思った。

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          2015.07.22


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            生活しているといろんなことがあるけれども
            好きなことがあるっていいな。
            ハッピーだなーと思えることとか
            楽しいと感じられることとか。
            関心のあることとか。

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            Séjour à Berlin en avril 2015


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              近頃、たちどまっています!
              いつからかブログもぜんぜん書けていなかったし、
              写真は相変わらずたくさん撮っていたのに、
              ぜーんぜん載せられなかったので、
              せっかくたちどまっているために、
              書きたかったけど書けなかったことなどを、
              夏の間にかこうかなあと思います。

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              それで、大好きな昌世さんが住んでいるベルリンへ、
              お邪魔してきたのです!4月の上旬に!
              信じられない。もう3ヶ月以上も経ってしまったのですね。
              撮影した写真も、昌世さんと一緒に訪れた場所や、
              おさんぽしたベルリンの景色も、
              昨日のことのように、むしろさっき見た夢のように
              思い出すことが出来るのに。
              私、記憶力が相当悪くて時系列はほとんど曖昧なんですが、
              色とかはよく覚えています、道も割りと覚えてるかな。

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              ベルリンは二回目です、数年前来たときは初めてだったので、
              ギャラリーや美術館をわーっと見る旅をしました。
              このたびは、もう一度行きたい所にゆっくり訪れたかったです。

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              ベルリンは広大なので、やはりメトロ移動でした。
              ブランデンブルク門の近く、しばらく歩いてから辿り着きました。

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              ブランデンブルク門。

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              Mémorial aux Juifs assassinés d'Europe
              (虐殺されたヨーロッパのユダヤ人の慰霊碑)
              広大な敷地は2005年にこのような多様な高さのブロックが並ぶ
              巨大なメモリアルとして設計されたのですが、
              地下にはホロコーストの情報センターがあるそうです。
              記念碑の中からは入れませんでしたが。

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              高さは4.5メートルほどが最も高いブロックだそうです。
              1988年に設計の計画が始まるまでは、
              戦後はベルリン市街戦の荒廃した空間、
              1960年代には壁を建設するための広大な空虚になっていたそう。

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              建設には議論があり、建設後もさまざまな議論があるだろう。
              巨大な慰霊碑の個々のブロックは、
              墓石にしか見えないのだが、
              こどもたちは迷路のように走り回り、
              大人たちもかくれんぼに没頭し、
              ブロックに腰掛けて休み、
              上によじ登って記念撮影したりしている。
              むずかしい気持ちになる。

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              巨大なビルを見ると、おお、パリと違うなあと思う。

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              ベルリンの壁の跡の資料館にも訪れたし、

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              チェックポイント・チャーリーも訪れた。
              チェックポイント・チャーリーとは、
              ドイツが東西に分割されていた時代に
              東西国境線上に置かれていた検問所であり、
              東から西に移動する人々が突破しようとする象徴的場所だった。
              1961年の外交事件では、数十メートルのところに
              アメリカとソ連軍の戦車が向かい合ったこともある。
              いまや観光スポットとしてチェックポイントがあるのも
              笑顔で写真を撮る観光客を見るのも、奇妙だ。
              東から西に渡ろうとして命を落とした人は1067人。
              検問所は1989年に役割を終え、1990年に取り壊されているし、
              現在置かれているのは2000年代になってから設置されたものだ。

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              (いつもの休憩)

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              午後はギャラリーへお散歩へ。

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              実はベルリンにて初めての合気道を体験。
              素晴らしかったです。教えてくださった皆様に大感謝。
              「道」のつく活動は素晴らしいです、
              私の普段している活動がいかに総じてだめかわかります。
              皆さんはとても素敵で、この時間はいまもわたしのたからものです。

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              旅に出るとたいてい晴れる。
              お家にもどってから、おおきな虹がでていました。
              昌世さんのおうちで一緒にみた虹。
              こんなにはっきりとまあるく虹をみたことってあったかなあ。

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              ごはん。
              おいしすぎて幸せ。
              みんなで食べて、さらに幸せ。

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              たのしいじかん。

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              さらに翌日はフレアマーケットを歩き回ることに。
              ネクタイ買いました。
              ネクタイ好きです。

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              そしてもっと規模の大きいフレアマーケットへ。

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              とても晴れて素晴らしい一日。

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              なんでもある。ライトとか家具とか自転車とか。

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              基盤とか。基盤大好き。
              買いませんでしたけども。

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              このカップ、つれて帰ってきました。
              買いますって言ったらあげますって言われたので。
              ソーサー付きで。
              おじさんありがとう。

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              われものって殆ど持っていません。
              お引っ越しのとき割れてしまうとショックだからです。
              このカップは気に入ったので、
              割らないようにしたいと思います。

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              ありありと思い出せる一方でとても懐かしい。

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              よい時間をありがとう。

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              親密な人々の生きることを想像する


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                失望と憤りと居ても立っても居られないような感覚を
                これまで家族や親戚が経験した戦中戦後の話や
                あらゆる機会に学んだ反戦教育を私たち世代に施した
                私たちが子どもだったとき十分に大人だった人たちに
                裏切られたかのような奇妙な状況を

                與謝野晶子の「君死にたまふことなかれー旅順口包圍軍の中に在る弟を歎きて」 という詩はあまりに有名で
                子どものときに反戦教育を受ける私たちは
                刷り込まれて平和の危機に反射的に
                この類いの文芸や物語を連想するようになっている。

                刷り込まれるとは言えそれが孕む矛盾や危険
                それは非常に不安定な地面に置かれていることなどを
                それを教える人々の口ぶりから感じない者はない。

                しかしこの詩がたとえこの上なく戦略的に
                親密で感情に訴えることに成功し
                反戦教育のためのアイテムとして使い古されているとしても

                我々が日々を生き、
                喜んだり、悲しんだり、満たされたりするのは、
                つまりはこの小さな規模での関係性である。

                家族や大切な人の生きることについて思うことだけが
                80年ほどの時間を一区切りに生きて死ぬ人間が
                もっと長いスパンでの平和なんかを
                思うことの出来るすべである。

                *****

                あゝをとうとよ、君を泣く、
                君死にたまふことなかれ、
                末に生れし君なれば
                親のなさけはまさりしも、
                親は刃(やいば)をにぎらせて
                人を殺せとをしへしや、
                人を殺して死ねよとて
                二十四までをそだてしや。

                堺(さかひ)の街のあきびとの
                舊家(きうか)をほこるあるじにて
                親の名を繼ぐ君なれば、
                君死にたまふことなかれ、
                旅順の城はほろぶとも、
                ほろびずとても、何事ぞ、
                君は知らじな、あきびとの
                家のおきてに無かりけり。

                君死にたまふことなかれ、
                すめらみことは、戰ひに
                おほみづからは出でまさね、
                かたみに人の血を流し、
                獸(けもの)の道に死ねよとは、
                死ぬるを人のほまれとは、
                大みこゝろの深ければ
                もとよりいかで思(おぼ)されむ。

                あゝをとうとよ、戰ひに
                君死にたまふことなかれ、
                すぎにし秋を父ぎみに
                おくれたまへる母ぎみは、
                なげきの中に、いたましく
                わが子を召され、家を守(も)り、
                安(やす)しと聞ける大御代も
                母のしら髮はまさりぬる。

                暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
                あえかにわかき新妻(にひづま)を、
                君わするるや、思へるや、
                十月(とつき)も添はでわかれたる
                少女ごころを思ひみよ、
                この世ひとりの君ならで
                あゝまた誰をたのむべき、
                君死にたまふことなかれ。

                *****

                Category : journal
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                Le 16 juillet 2015

                  blog_201507_DSC07930.jpg

                  Pendant que je suis en dehors de mon pays, il existait deux fois où je n'arrivais pas à trouver un moyen pour que je puisse me tenir bien debout sans regretter du fait que je ne partage pas le moment critique en tant que citoyenne avec d'autres japonais.
                  La première fois était le 11 mars 2011. Je me sentais seule.
                  La deuxième fois est maintenant face à la crise grave de la paix.
                  Je n'arrive pas à dormir mais voudrais rester éveillée
                  jusqu'à ce que je trouve une action concrète.

                  Je souhaite très sincèrement que le peuple ne se résigne jamais.

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                  運河のつづく

                  ビエンナーレがあるおかげで、
                  現代アートの人たちはヴェネツィアに行く機会があって
                  そんな機会でもないとこんなガッツリした観光地に
                  行くこともなかっただろうと思う。

                  宿が島の入り口だったので、
                  連日一時間近く歩いて展覧会場へ向かう。
                  そうでもしないと展覧会を見過ぎて
                  街をみないことになりかねない。

                  帰りも展覧会のしまる18時や20時になって
                  やっと心静かに
                  日が沈むまで歩き回る。

                  アートは現在の世界を描き出しているだけではだめで、
                  あるものを再表象するだけなら
                  そこからどこにも行くことができない。
                  反省したり過去の観察をしたりしながら
                  批判したり皮肉を行ったりしながら
                  世界が良くなる方法に向き合うものでなければならない。

                  世の中が悪くなる危機を目前に
                  憤慨しても落胆しても気を遠くしてみることは避けられないが
                  突き放したままではだめで
                  絶望してはだめで
                  よく考えたうえで具体的に動くしかない。

                  目を覚ましたままで
                  若い人や大切な人の生きることを
                  想像し続けるしかない。


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                    髪を切りました


                      髪切りました。
                      miki chemise tatsuko
                      一年くらい前。既に長かったです。

                      miki_2015_IMG_1477.jpg
                      一ヶ月くらい前。長くてふわっふわではよう切りたかったです。

                      photo 1 のコピー
                      一昨日切りました。5分くらいで!スッキリ。

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                      AVIS DE SOUTENANCE DE DOCTORAT

                      AVIS DE SOUTENANCE DE DOCTORAT
                      CAMPUS.jpg

                      (Arrêté ministériel du 7 août 2006)

                      École doctorale Esthétiques, sciences et technologies des arts
                      Discipline
                      Esthétique, sciences et technologies des arts - spécialité arts plastiques et photographie

                      Miki OKUBO

                      Titre de la thèse
                      Exposition de soi à l’époque mobile/liquide

                      Membres du Jury
                      Monsieur Jean-Louis BOISSIER (Directeur de recherche)
                      Monsieur Olivier LUSSAC
                      Monsieur Hiroshi YOSHIOKA
                      Monsieur Mario PERNIOLA

                      Mardi 30 juin 2015 à 14h00

                      UNIVERSITÉ PARIS 8
                      2, rue de la Liberté
                      93526 SAINT-DENIS cedex 02

                      Salle des thèses
                      Espace Deleuze
                      Bâtiment A, 1er étage (Face à l’Amphi A2)

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                        ブリゴン ー もふもふの犬


                          20150621 6

                          この珍しい服は、弟がパリに来たときに一緒に行った
                          サンジェルマン・デ・プレの近くの店で見つけたもの。
                          古着です、時々よい出会いあるよ。

                          20150621 7

                          今日はMeudonの高台で催し物。
                          ほんとうはFête de la Musiqueだし何か
                          演奏すると言う話だったのだけど
                          いろいろとアワアワしていて(私が)平謝り。

                          20150621 4

                          フレンドのブリゴン。
                          トリミングしたてでもしゃもしゃ。
                          夏らしくショートカット。

                          20150621 2

                          ブリゴンに引かれるままに歩く。
                          ブリゴンが歩きたいように歩いてもらう。

                          20150621 3

                          ここからの眺めは晴れの日はホントに美しいね。
                          古い車の試乗イベントがあって
                          みんな乗りたくて人だかりだった。
                          みんな車好きなんやな。
                          わたしは、未だにツインゴ乗ってるけど
                          ぜんぜん便利やけどな。

                          20150621 5

                          Category : journal
                          Posted by Miki OKUBO on  | 0 comments  0 trackback
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